日々の戯言

宝塚歌劇で与えられている"見ない権利"

おはようございます。

むーです。

先日、ヅカ友が久しぶりに我が家にきて色々深い話をしました。

今の宝塚のこと、これからの宝塚のこと、そして私たちファンのこと。

 

その話の中で、私の考えが昔とは大きく変わってきていることに気付かされたのでこのブログに残しておきます。

これは今後のブログの方針にも関わってくることなので今日お伝えさせてください。

間違えた義務

私は宝塚を好きになってからの8年間、心のどこかでこんなふうに思っていることがありました。

 

  • 『宝塚ファンなんだからとりあえず全組見に行きたい』
  • 『たとえ苦手な生徒さんがトップだったとしても好きな下級生は応援しにいかなきゃ』
  • 『どんな公演でも全て観にいかなきゃ』

 

こんな節があったんですよね。無意識のうちに。

今思えばもしかしてこれは私が勝手に妄想していた宝塚ファンの一部だったのかもしれません。

 

全ての組を観劇し、どんなにつまらない公演だとしても、またはどんなに苦手な生徒さんが主演していたとしても観にいく。

 

義務のようにそう思ってここまで宝塚歌劇と付き合ってきました。

でも、それって間違ってないか?ということを去年の暮れあたりから考え始めました。

『観劇しない』という権利

去年の秋くらいにある公演を見てから自分が守り続けてきた義務に疑問を感じ始めました。

 

『私はなぜこの公演を観劇したいと思ったのだろう?』こう思ったのが自分のしがらみに気づいたきっかけでした。

 

キャストはだいぶ前に発表されてて自分の苦手なジェンヌさんが主要メンバーに入っていることも十分わかっていたはずなのに、なんで観劇しようと思ったのだろう?

 

観劇した結果、批判的な感情を抱くことになるのは目に見えていた公演だった。

なのに私は決して安くはないチケット代を払ってやっぱり文句を言ってる。

 

馬鹿馬鹿しくない?

金もったいなくない?

 

期待して観にいったのに、内容が期待外れだったらしょうがないけど批判的な感情を抱くと分かっていてわざわざ観にいく必要なんてどこにもないよなってようやく気づきました。

 

『嫌なら見るな』と劇団にいわれたわけではないけど『嫌でも見てください』と劇団に頼まれた覚えもない。

 

私がへんてこな義務感に縛られていて気づいていないだけだったんですよね。

誰でも最初から平等に『観劇しない』という権利が与えられていたことに。

何のために宝塚を観ているのか

『チケット代に見合った舞台を観たい』

当たり前のことだけど最近まですっかり忘れていたこのスタンス。ようやく思い出せました。

 

もう『いつ声が裏返ってしまうか』なんてビクビクしながら舞台を見るのは嫌だし、『大丈夫かな、、?』と心配しながら舞台をみるのも嫌だ。

 

いくら下級生を応援したくても、宝塚の場合は公演の大部分を占めるのかトップさんだからトップが苦手だったらきっと心から舞台を楽しむことは難しい。

 

私は私が心から安心して楽しい!宝塚大好き!と思える舞台だけをみたい。そしてそのお礼として代金を払いたい。

事前にキャストや作品で気に入らない部分があるのであれば見ないと言う選択肢を選べばいいだけ。

 

宝塚歌劇団から無料で与えられている『見ない』権利を活用しよう。

 

今まで勝手にもやもやしてイライラしてたけどもう『観ない』という選択を有効活用していく!

 

ってか今まで勝手に縛られていた観ないといけない!って義務感は何だったんだ笑

なんかスッキリー。

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