日々の戯言

「ヅカ男子」のブランディングについて

おはようございます。

む〜です。

今日は近年(?)、「ヅカ男子」と名乗る方々について思うことがあるのでそれについて書きます。

不快な思いをする方もいるかもしれないので、そんな予感がする方は回れ右してください。

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「好き」に性別は関係ないよね?

最初にはっきり言っておきますね。

私は自ら「ヅカ男子」であることをアピールしてくるヅカファンが苦手です。

男性だから嫌だとか、男性のヅカファンが嫌いだとか、そういう意味ではないです。

何かを「好き」であることに性別関係ないはずなのに、あえて性別を強調してくる感じが苦手なのです。

わざわざSNSのプロフィールやアカウント名に「ヅカ”男子”」であることを明記するのってなんででしょうね?

なぜ性別をあえて誇張するのでしょう。

私は何かを好きであることに性別って関係ないと信じているのですがこの考えは間違っているのでしょうか?

男か女かという問題とは別に、一人のヅカヲタ(宝塚歌劇のファン)であることが大事だと思っているのですが・・みんなは違うのかな。

まぁこんな考えを持っている私なので尚更「ヅカ男子」であることを自ら発信し、「ヅカ男子」を何かのブランドか称号のように掲げている方が苦手だなと感じてしまいます。

「ヅカ男子」のブランディング化〜マイノリティの果て〜

「ヅカ男子」っていつからブランドになったのだろう?

こんなことを最近よく考えます。

私は男性の宝塚ファンがいることについて特に特別な想いを抱いているわけではありません。申し訳ないけど男性ファンの方も宝塚ファンの中の「ONE OF THEM」としか認識していません。

また、私の周りにも親しくさせていただいている男性ファンの方が数名いますが、その方々も自ら「”男性の”ヅカファンであること」を主張する方が一人もいないので尚更「ヅカ男子」がちょっとしたブランドであることの感覚がありません。

だからすっごく不思議だったんです。「ヅカ男子」という称号が。

で。色々考えてみたのですが、

宝塚を好きな男性同士で繋がりたい(コミュニティを持ちたい)からヅカ男子というブランドが創出されたのかもしれないと考えつきました。

宝塚歌劇のファンは圧倒的に女性が多くて男性はまだまだ少ない印象です。以前よりも劇場で男性をお見かけすることはかなり多くなりましたが、それでも母数(ファン総数)に対して少ないことは確実でしょう。

そうなるとマイノリティ故に「同じ性別のファンと繋がりたい」「少数派同士で仲良くなりたい」という思いが出てくるのかな・・と!!

それ以外に「男性であること」を前面に押し出すメリットが見当たらないのですが・・・どうでしょう?

この解釈はあっているのかしら?

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性別関係なく楽しみたい

私は好きなことは性別関係なく楽しんでほしいと思いますし、自分もそうありたいと思っています。

あと、私としても「宝塚を好き」である前に「男性であること」を前面に出されてしまうとなんかとっつきにくいというか・・笑 絡みにくいなと思ってしまいます。(ごめんなさいね)

もしかしたら私と同じことを感じているファンもいるかもだから、とりあえずその謎ブランドは取り外しても損はないと思います!

同じ趣味を持っている者同士、性別を超えて共感したり笑いあったりしたいですね。

でわ〜。