日々の戯言

出産後の宝塚が無性に泣けた話

おはようございます。

む〜です。

今日は完全なる私の記録用の記事です。

このブログは完全に私的なものなのでいつでも自分用ではあるのですが、今日は特に私の記録要素強めです。

ということで今日のブログを書いていきます。

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産後うつの一歩手前だった観劇前

「出産は人生のビックイベント」

「出産終えると価値観が変わる」

「産後うつに気をつけてね!」

なんて先輩ママたちから教えてもらっていたマタニティーの頃。

表向きは「そうなんですか〜大丈夫かなぁ・・?」なんて不安がっていたけど、内心はそこまで不安には思っていなくて。

出産したって雷に打たれたって私は私のまま。価値観が変わったり人格が変わるなんてありえないだろうなって決めつけていました。

実際、妊娠中もマタニティーブルーになることがほとんどなくて、比較的通常通りの私で過ごせていました。

しかし、いざ出産を終えてみると心と体がついていかなくて。

先輩ママさんたちに忠告されていた「産後うつ」にほぼなりかけていました。

今だから笑って話せるけど、産後3週間くらいは体も心もガタガタで自分が自分じゃないと感じる毎日でほぼ毎日理由なく泣いていました笑 それこそ子供と一緒に泣くって感じ。

今考えれば「大したことないじゃ〜ん」ってことに対してもピリピリして疲れて泣いていたし、一点の曇りもないと断言できるほど大好きだった宝塚に対してときどき「大っ嫌い」って思うことがあったり。

そういう自分の心の変化も含めて全てに疲れきって疲労困憊していた産後1ヶ月。

その中でも希望の光だったのが「星組の食聖の初日」でした。

自分の中で「産後1ヶ月半で観劇復帰なんて母親として無責任なんじゃないか?」という葛藤もありましたが、この日を自分が自分に戻れる日だと信じて毎日慣れないワンオペ育児を繰り返していました。

そして迎えた食聖初日。

もうね、幕が開いただけで泣けたんですよね。

タカラジェンヌみんなが愛おしくなる

出産してから一番私が変わったなって感じたこと。

それは無性に宝塚歌劇団の生徒を愛おしく感じることです。

博愛主義かよって笑い飛ばされるかもしれないけど、「全人類みな誰かのこども」ということを出産を通して身をもって実感した今、生徒さん一人一人が愛おしくてたまらないという不思議な感覚に陥りました。

「どんなに歌が下手だろうとどんなにお芝居が下手だろうと、一人の人間として頑張って生きていることに変わりはない」というベースの部分を当たり前の真理としてではなく、実感として肌で感じることができたのは私にとって大きな経験になりました。

舞台人である以上、舞台技術を彼女たちに求めるのは当然かもしれないけどその前に彼女たちが一人の女性であること、人間であること、誰かの大切な人であることを忘れてはいけないと心に刻みました。

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宝塚の舞台は愛と夢で溢れている

あともう一つ。産後特に感じたのが「宝塚の舞台が愛と夢で満ち溢れているということ」

初日の特別感、さゆあーの退団公演ということもあったのだろうけど、久しぶりに見た宝塚の舞台が愛と夢で満ち溢れていることに涙しました。

今までず〜っと通って来たこの劇場がこんなに大きな愛で満ち溢れている会場だったということに改めて気づけたんですよね。

わかってはいたけど出産を通してまた別の角度から愛を感じるというか。

宝塚の舞台は人々の「好き」の想いが集う場所だと思いました。

世の中にこんな暖かで夢に溢れた場所があること自体奇跡だと思うし、これからもずっとそうゆう場所であってほしいです。

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純粋に、単純に、宝塚で夢を見る

産後初めての観劇で私は単純に夢を見させていただきました。

最近、、というかここ何年か宝塚の人事にとらわれ過ぎて純粋に宝塚で夢を見ること、楽しむことを忘れていたような気がします

舞台を観る時に色々考え過ぎていたような気がするんですよね・・。

これからはこの時の観劇の感動を忘れずに単純に純粋に楽しみたいな。

という私の記録でした〜。